シンガープロからのご案内

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うなぎちゃん

名古屋名物といえば「ひつまぶし」。
ここ尾張の地区でもやはりご当地の名物といえば“うなぎ”と言えるのではないでしょうか?

ホカホカ真っ白な炊きたてご飯の上には 刻んだたっぷりの“うなぎ”、先ずはそのままいただく。
次は薬味と一緒に。
そして最後はお茶やお出汁でお茶漬けのように。
これが一般的な「ひつまぶし」のいただき方です。
されど名物と言えどもやっぱり“うなぎ”は高級食材。そうそう食べられるものではありません。
老若男女問わず愛される“うなぎ”の魅力と、
人が生きていく上で欠かせない食事。2つの観点から 「食べる」について考えてみることにしました。
食事を楽しみに待つ、楽しむ、堪能する、という概念から考えると「食」のイベント化も重要なことです。
子どもの頃、お母さんの作ってくれた誕生日の特別メニューであったり、クリスマスの季節料理であったり、
何かお祝い事のある日の特別なメニューの日はワクワクと楽しみだったものです。
また、特別な日でなくても、「○日に外食しよう」「○○日に○○○○を食べよう」と予定があると、その日を心待ちにしている自分がいることに気付く事もあるのでは無いでしょうか。
そこで私たちが提案したいのは、食べる力と生きる力を育むことのできる食事です。
食べることの意味
食べることから考えますと、栄養管理のもと しっかり栄養素を考慮しながら摂ることも重要なことです。
日常の食事はもちろん、子供の成長、健康維持、また病気の時であったり 体力の弱っている時であったり、不摂生なこんにちの日常生活の中でも栄養管理は重要な使命と言えるでしょう。
しかし、栄養管理に目を向けすぎ、これは果たして…というようなメニューや献立も ないわけではありません。実際に病院や学校で出されていたりするのです。

人間は、「美味しそう」と目で感じ、「美味しい」と舌で感じ、「美味しかった」と腹で感じることこそが中枢神経を満足させ、幸福感で満たされ、「食べる」「食べた」という欲求がクリアされるのです。

「食べる」ということは、非常に重要なことで、「人間は食べられなくなったら終わりだ」、とよく冗談でも話したりしますが、実際に口から摂る栄養は どんな薬やビタミン剤サプリメント、点滴等よりも心身を元気にしてくれるのです。

食べることは、生涯にわたって続く 基本的な営みでありますから、子供はもちろん大人になってからも生きていくための基盤となっているわけです。
健康的な生活のあり方を考えるとともに、誰かと一緒に食事や料理をしたり、食べ物の収穫を体験したり、季節や地域の郷土料理を味わったりするなど、「実践・実食の環」を広げることは 生きる喜びとなっていくのです。

食べることの楽しみ

何人かで食卓を囲む食事の場は、最高のコミュニケーションの場でもあります。
しかし、最近は核家族化やライフスタイルの多様化などにより、家族みんなが集まって食事をする機会が減ってきていると言われています。
また、若者からお年寄りまで一人暮らしの人も多くなっています。
一人だと食事の支度が面倒でしなくなったり、食欲がでなかったりする人も少なくありません。
一人で食べることが多い人は 家族や仲間と会話を楽しみながらゆっくり食事を囲む機会を増やすことが必要です。
皆で一緒に食卓を囲んで共に食べることを「共食」と言います。共食には、一緒に食べることだけでなく「何を作ろうか」「何を食べようか」と、話し合って一緒に食事を作ったり、食に対する話題で会話すること、また食べた後に「美味しかったね」と語り合ったりすることも含まれます。

そこで考えたのが「うなぎ」の効能
日本人なら誰もが大好きなうなぎ
うなぎ店からのご提案
○ うなぎの栄養を食卓に・・・「うなぎ」を話題に会話も弾みます。

○ 月に一度の食の楽しみ・・・ご家庭だけでなく、学校、病院、会合、イベントなどにもお届けします。 ※ 定期契約も承ります。

決してお安い食材ではないですが、うなぎのもたらす効果を四方から考えれば決して高い投資ではありません。

投稿:ラム*ケイコ


愛知県小牧市にオープン


五条川に咲き誇る桜

 名鉄岩倉駅を下車して東に5分ほど歩くと、お祭り広場がある。そこから広場に沿って流れる五条川を犬山方面に向かって眺めると、川の両岸に咲く見事な桜並木が延々と続く。

 岩倉五条川の桜は1949年(昭和24年)頃、岩倉のまちおこしとして約300本の植樹を行ったことから始まり、現在は岩倉市と市民活動団体が協力して桜の保護と育成を行っている。

 岩倉の五条川堤に咲き誇る桜のほとんどはソメイヨシノで、約1,400本の桜が植えられている。川の両岸からアーチを描いて伸びる枝に咲き誇る桜の花は、眺めがとても美しく「日本のさくら名所100選」にも選ばれている。

 そんな美しい桜が咲き誇るお祭り広場で、地元演歌歌手の桜ゆみが熱唱を繰り広げて、訪れた人たちを楽しませていた。


岩倉 桜まつり


二人音 春うららライブが、3月23日、北名古屋市勤労会館で行われた。
演奏者は神奈川県鎌倉市から来場の塚原晶子(つかはらしょうこ)さんと塚原盛(つかはらもり)さん。
ピアノ教師であった塚原晶子さんが中国の伝統的な民族楽器、二胡と出逢い、その音色に魅せられて二胡を習い始めた。夫の盛さんは、ギターと尺八奏者だったこともあり、2人で二胡の魅力をギターと尺八のコラボで多くの人たちに伝えたいと「二人音」を2012年に結成。そして神奈川県鎌倉市を拠点にライブ活動に乗り出し、関東を中心に大きな評判を呼んでいる。

ユニット「二人音」は中国の伝統的な音楽を伝えるというよりは二胡の楽器の魅力を伝える色合いが濃く、昭和歌謡を筆頭に日本人が好む楽曲を中心に、独自にアレンジを加えて、今までに経験したことのない新しい演奏を創出している。

「二人音」の2人の奏者は、中国の伝統的な音楽から日本の江戸時代から現在に至るまでの様々な楽曲に日々、開拓精神で挑んでいる。

塚原盛さんが、「美空ひばりさんの『悲しい酒』」は、非常に難しい楽曲で、何回練習しても納得のできる演奏ができないけれど、晶子が二胡でそれをうまく演奏するので彼女をとても尊敬している。」と語ったくだりは、日々精進している表れだと思う。

「悲しい酒」を披露してくれた時には、もし美空ひばりが生きていて、二胡演奏のもとで歌唱するのなら、どんな風に歌ってくれるのかを想像してみた。きっと彼女の歌声は、五臓六腑に染み渡って一段と心の魂に響いてくるだろう。

二胡で興味深い音色は馬のいななきである。江戸時代中期の名曲、長野県小諸市周辺を発祥とする民謡、「小諸馬子唄(こもろまごうた)」の演奏で、二胡が奏でる馬のいななきを目を閉じて聴くと、「ヒヒーン」と鳴く馬の姿が目に鮮やかに飛び込んでくる。

他に「少年時代」、「さくらの唄」、「糸」、「吾亦紅」、「赤いスイトピー」など全部で19曲が演奏された。どの楽曲も二胡の神秘的で幻想的な音色に生かされて、人生哀歌、ものわびしさと言った趣が心のすみずみまで染みこんできた。

二胡とギター、二胡と尺八のそれぞれの持ち味が生かされたコラボ演奏は、独自のハーモニーを形成し、心の琴線に触れる。脳裏に刻まれる音色に観客は感動し、参加して良かったと、どの方も満足顔であった。

取材:シンガープロ 安藤秀樹



 3月7日、江南市倫理法人会モーニングセミナーに参加。講話者はピアノ調律師の矢川光則(やがわ みつのり)氏。
 今から73年前、広島市に原子爆弾が投下された。この原爆で56万人が被爆したとされる。
 矢川氏は、戦後の1952年(昭和27年)に広島に被爆二世として生まれながらも、原子爆弾や平和運動に関してはほとんど関心がなかったとのことであった。
 1993年(平成5年)に、ヤガワ楽器調律センターを、1995年に矢川ピアノ工房を設立したのを機に古いピアノの再生を行い福祉施設等への寄与をする奉仕活動を始めた。
 奉仕活動を重ねる中「 被爆ピアノ」と出会い、被爆体験者と関わることで、原子爆弾の悲惨さと平和の尊さを痛感し、それを後世に伝えていくことが自分の使命と感じとったようだ。
 そんな思いもあり、2005年愛・地球博のコンサートに招かれたのを皮切りに、被爆ピアノをトラックに積んで沖縄から北海道まで全国至るところで平和コンサートを行うようになった。
 私も戦後生まれで、戦争のことは全く知らないが、平和の尊さとありがたさをしみじみと感じている。
 講話後に爆心地から半径1.5キロで被爆を受けたというピアノで演奏が披露された。
 清らかで心が洗われる想像を超える素晴らしい音色にとても驚かされた。ひょっとしたら現在生産されているどのピアノよりも素晴らしい音色ではないだろうかと思えたほどである。
 被爆ピアノの所有者が昨年12月に亡くなられたとのことだが、ピアノ調律師の矢川氏は、人々の記憶から消えたときが本当の死で、人々の心の中に生きている限り、その方は生きていると語った言葉が印象に残った。

【コンサート歴】
 2001年:広島平和記念公園でコンサート
 2005年:愛・地球博でコンサート
       以降、自前の4トントラックを運転して沖縄から北海道まで現在までに1500カ所以上でコンサート。
 2010年9月:ニューヨークでコンサート
 2017年12月:オスロ市でノーベル平和コンサート

【お知らせ】 矢川氏をモデルにした被爆(ひろしま原爆)ピアノ劇映画が2020年に公開予定。

投稿:シンガープロ 安藤秀樹



2019年2月6日に、岐阜県の岐南町中央公民館でBS12トゥエルビ「いきいき歌謡塾」が、そして翌日の7日には、ホテルグランヴェール岐山でBS12トゥエルビ  「大介・舞の歌いろ人生」のテレビ番組収録が行われた。

この2日間の収録に北海道から足を運んで参加した大物新人歌手がいる。その人の名前はSASAKI社長。一風変わった芸名だ。
「社長」は実際に会社の社長なので、そのまま名付けられた。本名は佐々木 清氏。
佐々木氏の会社は、(株)GICコンサルティングと言い、北海道に本社があり、東京と大阪に支店を置くグループ会社。コスト削減コンサルティングや飲む青汁、食べる青汁の開発・販売等の事業を手がけている。
そして驚くことにSASAKI社長は古希である。遅咲きの歌手デビューであるが、全く歌に関心がなかったわけではない。

小学6年生の時にギター流しの浪曲師と出逢い、歌謡曲にのめり込む。
歌手になりたくて、学生時代に「全日本歌謡選手権」に3度挑戦するが夢破れる。その悔しさをエネルギーに変えて企業経営者を目指し、25才の時に株式会社GIC Groupを創業。以来仕事一筋に突っ走してきたが、66才の時に地元(札幌)ラジオに出演し、月に1回の割合で持ち歌を披露したところ大きな反響を呼ぶ。そして70才を迎えた昨年1月に作曲家の杉本眞人氏から「歌を作ってあげよう」と言われ、その熱い気持ちに心が揺り動かされて10月3日、日本クラウンより『毎日歌手・・・時々社長』二刀流歌手というキャッチフレーズでメジャーデビュー。
自分のエネルギッシュな歌唱姿を60才以上の人に見てもらって、勇気と元気を与えたいと、ダンスの振付を「EXILE PROFESSIONAL GYM」札幌校の先生に作ってもらって、全国どこでも多くの人にデビュー曲の「最後のフォーリン・ラブ」を歌って、踊って頂いて人生を謳歌して欲しい。そんな思いがつもり積もって、今、全国展開で精力的に歌手活動を行っている。

SASAKI社長には、人生を生き生き過ごすための持論がある。
1.健康である。
2.適度に余裕なお金がある。
3.素晴らしい仲間と出逢い、いい仲間を沢山作る。
4.おいしいものはおいしい、美しいものは美しいと感じる心がある。
5.やることのある毎日であること。

常に強く感じていることは、「古希は老化の始まりではない。進化に終わりはない。目標を持つことは生きる源である。」

佐々木氏は、札幌市内で老人クラブの会員であったが、ある日、老人クラブの会員数が激減したことを大変憂いた。
長年親交のある安倍里葎子にその話をしたら、老人クラブの「老人」2文字に抵抗があるからではないか、「ときめきクラブ」に名称を変更したら良いと思うと提案があった。そしてその通りに名称を「ときめきクラブ」に変えたところ大きな反響があった。
「大介・舞の歌いろ人生」収録時に北川大介が結んだ下記の言葉が印象深い。
SASAKI社長は、全国放送の番組にでられたのは今回が始めてですね。
熱い血が流れているのを感じます。70才の年齢で乗りに乗っているのはとてもすてきです。老人クラブから名称をかえるべく暴れ回って、「最後のフォーリン・ラブ」がきっかけで、「老人という言葉をなくそうぜ」の勢いで新しい息吹を全国の皆さんに吹き込んで下さい。
JTC制作のBS12トゥエルビ(全国放送)のテレビ番組収録現場は、ほのぼのしていて伸び伸びと意見が交わされているのがとても良い雰囲気だと感じた。

Miracle Live12スペシャルにSASAKI社長が現れて大暴れ!
2019年3月3日、HOTEL KOYO(岐阜羽島市)にて
3月3日、北海道札幌市からSASAKI社長が岐阜県羽島市のミラクルライブに現れて大暴れ!
「よこはま・たそがれ(五木ひろし)」、「うそ(中条きよし)」などのヒットメロディーを熱唱しながら客席を回り、ステージに上がると「昨日札幌から猛吹雪の中、千歳空港から飛び立ってやってまいりました。今日、皆様が私の歌を聴いて、元気になられたらこれほど嬉しいことはありません。」と挨拶。
ときめきダンサーたちがバックで踊りを繰り広げる前でパワフルに「最後のフォーリン・ラブ」を歌いはじめると、客たちは総立ちになって、楽しく歌って踊れるアップテンポなラテン調に合わせてボロロン ボロロンとはしゃいで踊り出した。会場は瞬く間に盛り上がり、熱気に溢れかえった。
新人賞を狙うと豪語するSASAKI社長は日本の歌謡界に大きな話題を提供することになるだろう!

取材:シンガープロ 安藤秀樹


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