政治経済

今日の日経新聞「私の履歴書」に、非常に考えさせられることが書かれていた。

写真家の大石芳野さんは、1970年代当時、東ドイツ、北朝鮮、ソ連の3カ国だけは絶対に取材したくなかったという。「自由にものが言えない国に行っても意味がない」というのがその理由だ。

しかし、1985年にゴルバチョフが書記長に就任すると、ソ連は劇的な変化を遂げる。

1990年2月、彼女がモスクワを訪れると、人々は自由を謳歌していた。できたばかりのマクドナルドには行列ができ、若者はロックのライブに熱狂していたそうだ。地方へ行けば、外国人の自分を驚くほど歓迎し、家に招いてくれた。「昔は外国人と話などできなかった」と口々に言いながら。

改めて、ゴルバチョフという指導者の偉大さを痛感する。今のロシアにこそ、彼のような人物が大統領になって欲しいと強く願わずにはいられない。

記事では、1979年のアフガニスタン侵攻についても触れられていた。約1万5000人ものソ連兵が戦死し、ゴルバチョフの決断で撤退した戦争だ。

帰還兵の多くは精神を病んでいたという。攻撃を受けて両目、両足、そして両手の指の大半を失った帰還兵の瞳には、ただ黒々とした虚無が広がっていたとある。

現在のウクライナ戦争は、当時の状況と重なって見える。彼らもまた、口を揃えて「醜い戦争だった」と言うことだろう。

ロシアがこのままウクライナへの攻撃を続けることに、正義などあるはずがない。 プーチン大統領が一刻も早く退陣し、ロシアが再び「自由にものが言える民主国家」へと生まれ変わることを切に願う。


ミハイル・ゴルバチョフ

ミハイル・ゴルバチョフ


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