旧統一教会解散命令と「選挙至上主義の弊害」
昨日、東京高等裁判所は、旧統一教会に解散を命じる2度目の司法判断を下した。
山上被告の銃撃事件が元で、このような判断が示されたのは間違いないし、逆にこのような事件がなければ、このような判断はありえなかっただろう。
この判決を歓迎する声がある一方で、教団の二世信者がインタビューに対し「自分たちが育ってきた居場所がなくなった。私たちの人生そのものが否定された瞬間だ」と語っていたのには、非常に複雑な思いを抱いた。
安倍元首相が旧統一教会に敬意を表明したビデオメッセージを被害者が見れば、「国は何も分かっていない」「国のトップが旧統一教会を支持・応援している」と、絶望的な思いが募ってくるのはごく自然な心理だと思う。
先の衆院選を通じて、選挙に勝つということがいかに重要なのかがよくわかった気がしている。当時の安倍元首相が、常に選挙のことで頭がいっぱいだったということもよく理解できる選挙戦であった。
安倍元首相が票を一票でも多く獲得するために奔走し、旧統一教会の力に頼っていた面もあったのだろう。だが、当時の安倍元首相は教団の活動の実態や問題点よりも、票集めを重視してしまっていたようだ。そう考えるならば、あの銃撃事件はまさに「選挙至上主義の弊害」と言ってもよいのかもしれない。
一国の元トップを殺害したことには、当然それなりの罪が伴う。だからこそ、一審で言い渡された山上被告の無期懲役という判決に関して、私の中では、これが妥当な判決だったのか、それとももっと刑を軽くした方がよかったのか、いまだに整理がつかないでいる。
ちなみに私は、学生時代に旧統一教会の1泊2日の講義に参加したことがある。講師はすさまじい熱弁を振るっていた。
講義2日目の早朝に公園まで歩いて皆で輪になって体操をし、皆で食事を用意し、合唱をしてから共に食卓を囲んだ。全講義が終了すると一人ずつ労いの言葉をかけられ、修了証が手渡された。
素直で純粋な気持ちのある受講生ほど、熱狂的な講師の話に傾倒していく様子が見て取れた。当時の参加者の多くが、そのまま教会の会員になったのではないかと思う。
投稿:2026年3月5日
安藤秀樹

