政治経済

人類が消える予感:核を競い合う世界の終着点


イエス・キリストの教えは、私が小学生の頃、心が良くなるための教えだと思っていた。その教えの中には「隣人を愛せよ」という言葉がある。

だからよくわからないのは、その聖書の舞台であり、キリスト教のルーツでもあるユダヤ教の国・イスラエルが、隣人を愛するどころか、イランにミサイル攻撃を続けている現実。その容赦ない攻撃は、いささかやりすぎではないか。

イランの核の脅威を取り除くため、ウラン濃縮施設を徹底的に叩きたいというイスラエルの気持ちがわからないわけでもないが、これはイランの憎悪をさらに増幅させているように見える。たとえ停戦になっても、将来、凄惨な「復讐」を招くのではないかと危惧してしまう。

イスラエルとイランの戦争を終わらせるには、アメリカがイスラエルへの武器支援を止めればよいように思うが、選挙を控えたアメリカでは「ユダヤ票」が重要だということで、支援停止とはいかないようだ。

イスラエルがイランの核施設を壊滅させようと徹底的に攻撃を続ける限り、戦争はいつまでも終わらないように思えるし、停戦後の報復も怖い。それこそイスラエルは、将来、イランから核攻撃を受けるかもしれない。

核保有国や、これから核を持とうとする国々は、自国を守るために核開発を加速し、核の性能を高めていくだろう。世界の人々は、常に核の脅威にさらされながら生きていかなくてはならない。

人類を滅ぼす核を各国が競って開発しているのだから、第2のプーチン、第2のトランプ、第2のネタニヤフが現れたとき、将来は本当にこの地球上から人類が消えるかもしれない。そんな暗い予感を、つい抱いてしまう。

投稿:2026年3月25日
安藤秀樹



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