スポ研ナースセンターだより

1. はじめに


外来で腰椎椎間板ヘルニアと診断され、 保存療法を目的として当所に入院する患者がいる。 保存療法は主として牽引療法であるが、 この療法は長時間ベッド上での臥床を強いられるため患者にとって、肉体的にも精神的にもかなりの苦痛である。 このような患者に対して、 どのような看護をすすめたら良いのだろうか。 2つの症例を通じて考察してみたので報告する。

2. 患者紹介

(症例1)
患者: SS 男性 15歳
スポーツ種目:柔道
スポーツレベル:C (当所ナースセンターにおける判定)
身長:168cm

(症例2)
患者:TT 男性
体重: 91kg
スポーツ種目:サッカー
スポーツレベル :D (当所ナースセンターにおける判定)
身長:172cm
体重:61kg

3. 当所入院までの経過

(症例1)
柔道練習中、投げ技した直後に腰痛出現。 鍼灸、 接骨院などに治療に通院するが症状改善せず。
知人から当所紹介され、当所受診。 硬膜外注射を3回受けるが症状改善せず。 MRI検査の結果、腰椎椎間板ヘルニアと診断される。 当所保存療法にて入院となる。

(症例2)
学校の体力測定の背筋力テストで腰がギクとなった。 その後放置していたら自然と治った。 あるサッカーの試合中に殿部に痛み出現した。ボールが蹴れなくなった。 接骨院、整形外科に通院するが症状改善せず。 部活の先生から当所紹介され、当所受診する。 MRI検査の結果、 腰椎椎間板ヘルニアと診断される。 硬膜外注射を4回受けるが、症状改善せず。当所保存療法にて入院となる。

4.当所入院中の経過



5. 考察

牽引療法は、寝ているだけだから、 医師もそんなにたびたび訪室するわけではないので、患者にとっては治療してもらえていないように誤解されることがあるのではないか。 また当所はリハビリが主体の治療だから、それすら満足に活用することができないのでは、なんのための当所入院なのかと疑問に思われることもあるのではないかと思う。

腰部以外に健康な患者が、食事、トイレ以外は始終ベッド上で牽引することを強いられることは、肉体的にも精神的にも大きな苦痛であろうと思われる。 その顕著な例が、 (症例1)のケースではないかと思う。 牽引しないでやたらと廊下をぶらぶら歩いたり、長い間面会室で座ってテレビを見ていたりしていた。 牽引しなくてはいけないと思ってはいるのだろうけど、じっとしていられなかったのだろう。こんな患者に 「牽引しなくてはいけない」 と話をしても『わかっているから』と疎まれるのがおちだろうと思う。 『病識がわかっていないから牽引しないのだ』と思って、一生懸命病識を理解してもらおうと説得しようとすることは感心することではない。 いかに苦痛なく牽引できるのかを考えなくてはいけない。 まず第1に1日中牽引するということは耐えられるものではないと考えた方が良い。 「牽引を1日中していなさい」 と話をするのではなくて、「2〜3時間を一つの区切りとして牽引して下さい」と話をした方が小さな目標をもてるという点で良いかと思う。 また、 牽引時間の予定をあらかじめ本人に計画させて、実施した後でどうだったかをいっしょになって考えてみることは本人の励みとなって良いのではないか。 また、当病棟での二人部屋にはテレビがないので、このような患者には特別にテレビを設置するとかすれば、ある程度退屈せずに牽引することができるのではないか。 上肢・下肢のトレーニングを病室でするばかりではなくて、 たまにはリハビリ室でするとかすれば気分転換になって良かったのではないだろうか。

(症例2) のケースは個室でテレビがあった。 牽引時間の記録ノートを手渡し牽引時間をチェックしてもらった。 またリハビリ室でのトレーニングも少しだが実施した点で (症例1)よりは比較的牽引しやすい環境であったろうと思う。 しかし、それにしても非常に真面目に牽引していた。 『この牽引治療で治したい』という強い気持ちの表れであったように思えた。

(症例1)のケースの患者は、 落ち着きのない非常にそわそわした感じの患者であった。 一方(症例2)のケースの患者は、 落ち着いた感じの患者であった。 性格的な面からも治療に対する姿勢がうかがえた。 しかし、単に性格的な問題ばかりで患者を捉えてはいけないように思う。 (症例1)のケースの患者ではスポーツレベルが高く、腰が治らないことは絶対的に致命的であった。
あせりがあったろうと思う。 一方、 (症例2) のケースの患者のスポーツレベルは低い。 日常生活に支障をきたすので今のうちにしっかり治しておかないといけないという気持ちであった。 スポーツ復帰に強くこだわるわけではないので、 そのあたりの深刻さはなかったように思う。
牽引療法は患者自身に 「これで治してみせるのだ」という信念がないと続かないように思う。
心理的に少しでも、不信があれば治療にてこずることになるであろう。私たちはこういうことを踏まえた上で患者が牽引療法に取り組みやすい環境を提供していかなければいけない。

6.おわりに

牽引療法を受ける患者に対して私たちはほとんど患者の自主性に任せることが多い。 手術のある日は、病棟係の看護婦は一人だから、手術患者を優先的にみなければいけない関係から、ほとんど訪室することができないでいる。 もう少し看護婦の人数に余裕があればと思うが、 実情ではもっと効率的に対応するより致し方ないようだ。
牽引療法をみていて思うことは、日を追うごとに、 良くなってきたなという実感が患者に沸いてこないといけないなということである。こんなに一生懸命牽引しているのに 『ちっとも良くならない」というのでは、『本当に治るのだろうか』と不信をいだき始めるであろうし、あげくのはては『こんなことしても無駄さ』 と治療を放棄することになりかねない。
私自身つらいと思うのは、患者がこんなに頑張っているのに果たして報いられるだろうかと思うことである。
学会の発表では保存療法で治癒する例が多いと聞くが、 実際に、 保存療法で治癒した例を私は経験したことがないので、そう思ってしまうのである。
一度でいいから保存療法でスポーツ復帰する選手をみたいものだと思う。

旧 (財)スポーツ医・科学研究所
ナースセンターだより1992年2月
元 診療部 主任看護士 安藤秀樹

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